ピンクゴールドの板を糸鋸で削り出し、小さな花をかたどり始めたのは、次の台風が近づき、島に雨の気配が漂い始めた頃だった。
作業机の上で花のフォルムが少しずつ整えられていくにつれ、胸の奥で小さな弾みが広がっていった。
これだ。
どこまでも繊細で、さりげなく。
それでいて、深く内に息づく力強さ。
いつもの暮らしの中で出会う、植物たちの響きだ。
モチーフにした菜の花を、実際に手にするように、そっと、やわらかなタッチを重ねていった。
いつもの散歩道で出会う花々。
何気ない喜びをそっと運んでくれる、夏の顔ぶれ。
朝、ツユクサに出会うと、なんだかいいことありそうな気持ちになる。
ランタナは一年中咲いているような気もするけど、
雨の滴を纏ったその佇まいが、好きだ。
夏に咲く白い百合。
「今年はたくさん咲きましたね」と、交わす会話も毎年の楽しみかもしれない。
繰り返される静かな時間。そこに訪れる小さな変化と。
島の季節が奏でるリズムの中で、お二人の結婚指輪を作っている。
ピンクゴールドでかたどったふたつの花を、ガスバーナーの炎に包み、温度を上昇させながら、ひとつにつなぎ合わせていく。
今回のリング作りで、10箇所を超える繋ぎ目の、最初のひとつである。
台にした朴炭に火を当て、全体へ均等に熱を巡らせていく。
ピンセットとルーペを使いながら進めていく、とても細やかな作業だ。
植物をモチーフにする制作なので、出来るだけ軽やかでさりげない印象に仕上げたい。
同時に、日常の中で安心して身につけられるだけの、確かな強度も持たせなければならない。
手を動かすたびに、心が少しずつ深まっていくのがわかる。
この静けさと、島のリズムに身を任せながら、このリング作りを進めていこう。
まだ始まったばかりではあるけれど、
目の前で形を帯びてゆく、硬くて冷たいゴールドの中に、
小さくて、あたたかな癒しのようなものが芽生え始めているのを、たしかに感じていた。