
お二人の結婚指輪を作りはじめたのは、秋の始まりを告げる激しい風雨に島が包まれていた時のことだった。
外の世界から切り離されたような深い静けさの中、作業机に向かっていたその時間が、いまでは少し前の出来事のように思い出される。

数日の間続いた嵐は過ぎ去り、今では島をそっとベールで包むように、やさしい雨が降り続いている。
早朝の散歩道では、海の方角に濃い虹がかかっていた。
山々から吹き下ろす風は、いつもよりも少し冷たい。
目の前に広がるのは、おふたりも眺めていた山々だ。
この小さな島で、いくつかのささやかな出来事が重なり合い、始まった指輪作りだったように思う。
偶然のようでいて、どこか必然にも感じられるおふたりとの出会いについて、何気なく思いを巡らせていた。

金槌で叩き、リングの幅を作る部分に抑揚を与えた、シャンパンゴールドの細い線。
その表面についた凸凹を、鉄鋼ヤスリでざっと削り落として整えておいた。
これは、リングを形づくる前の工程で、料理でいうところの下ごしらえのようなものであるが、
案外、こうした細やかな準備が、仕上がりの美しさに大きく関わってくることになる。
今の時点では、リングに生まれるべき“リズム”のようなものは、まだ感じられない。
けれど、目には見えないところを、しっかりと頑張っておく。
作業机の上に置いたシャンパンゴールドは、とても繊細なのに、硬い。
その金色を眺めていると、なんだか、秋の夜明けに満ちゆく光のようだな、と思う。
指輪作りは、いよいよここから本格的な造形作業を迎えることになる。
ヤスリで削り出された面が艶かしく輝いていて、胸のずっと奥のほうに響いてきた。
